
白亜紀後期、7000−7800万年前にモンゴルに棲んでいたタルボサウルスは、アメリカ大陸のティランノサウルスにごく近い種類の巨大肉食恐竜で、1955年に、ロシアのマレエフによってゴビの恐竜として発表された。最大の標本(135cmの頭骨)はニューヨーク自然史博物館のティランノサウルスの頭骨とほぼ同大であり、全長11m前後と推定される。もしこれが北アメリカで発掘されていたら、ティランノサウルスと鑑定されただろう。
両前足はティランノサウルス同様にごく小さく、指も2本でたいして役に立たなかった。尾と後足は強大で、当時緑豊かな草原だったゴビ地方を獲物の草食性恐竜を追って活発に行動していたかもしれない。
![]() |
マレエフの発表では大きさの違う標本をそれぞれ別の恐竜としていた。最大の標本はティランノサウルスの1種とされ、少し小さい標本(頭骨の長さ114cm)がタルボサウルス Tarbosaurus efremovi と名付けられた。またもっと小さな骨格はゴルゴサウルスとされた。しかしマレエフの死後、別の研究者によってこれらが同じ種の成長段階の違いによるものと主張され、今日ではそれが定説になっている。 グレゴリー・ポールはタルボサウルスをティランノサウルスの1種と考え、肉食恐竜事典(1988)に Tyrannosaurus bataar と記載している。モンゴルと北米の両者の間には非常に細かい種レベルの相違しか見いだせなかったのだ。 一方、George Olshevsky はマレエフが鑑定した最大の標本をティランノサウルスともタルボサウルスとも異なると考え、ジンギスカーン・バタールと命名している(恐竜学最前線9, 1995)。その後、この説は受け容れられたのだろうか。 |
| タルボサウルスが主に獲物にしていたのは、装甲のある鎧竜や大型のカモノハシ竜、それに中型の竜脚類だった。体重5tのタルボサウルスが共存していた5−10tの竜脚類を倒せたのはほぼ間違いない。草食恐竜と思われるきわめて数の少ないデイノケイルスを除いて、タルボサウルスに敵対する相手はいなかった(G. ポール、1988)。 | ![]() |

![]() |
ダスプレトサウルス Daspletosaurus torosus は、カナダのアルバータで白亜紀後期の地層から発見された。当初はゴルゴサウルスと鑑定されていた。それほど似ているわけだがやや大型でがっちりした体格をしている。全長9m、頭骨の長さ1.1m、腰の高さ2.6m、体重は3t前後あった。 1921年に C. M. Sternberg が保存状態の良い骨格を発見したが、記載されたのは1970年、Dale Russelによってである。同時代のゴルゴサウルスやアルバートサウルスと競合したかもしれないが、より頑丈で逞しいダスプレトサウルスは生息数が少なかったが、力のある角竜類を襲う頻度はゴルゴサウルス類よりも多かったという(Russel)。 ダスプレトサウルスはティランノサウルスの直系の先祖かもしれない。しかしモンタナ西部のロッキーズ博物館の敷地内で、ダスプレトサウルスとティランノサウルスの中間型と思われる新種の完全な頭骨とつながった後脚の骨が発見されているという(ジョン・R・ホーナー、1993)。 |